秋田県現代詩年鑑2014


赤川 千賀子
ぜんまいの秘密



春 ぜんまいを採ってきたど
重曹を入れて大鍋で湯がく
アクがぶくぶく沸騰する
ザルに上げ ゴザに拡げ
軍手をつけて揉む
揉み込みながら干す
作業はお天道様の機嫌をみながら数日つづく

湯がいて揉んで干さないと 食べられない
なぜだろう
山菜の処理の中でも
もっとも手間がかかる代物だ

写真も撮ってきたど
デジカメのディスプレイ
日の当たる急斜面に一面のぜんまい
その時わかった
これは魔女の畑だ
山深く魔女は魔法の杖を育てている
ぜんまいは杖の若木
あのアクこそが魔法のエキス
魔法を抜かなければ
人間は食することができない

秋 ぜんまいを食べる
煮付け 納豆汁 炊き込み御飯
そして想う
今頃魔女は魔法の杖の種を蒔いている

ふたたび春
転落や熊の危険もそこそこに
ぜんまい採りたちがまた山に入る
魔女の魔力に吸い寄せられて


阿木 龍一
贈ったもの



海辺の村をドライブした
取りたての魚貝類を売っている市場
おいしそうなエビを
思いを寄せている人に贈った
後日 その人から
宅急便が届いたと返事がきた
エビで鯛を釣るって このこと
鯛かどうかわからない
その人のうろこの下を見たことがない
その人を食べたこともない
身がしまっているかどうか
抱いて確かめたこともない

山麓の村をドライブした
観光客が多い行きつけの農園
摘みたてのサクランボを
思いを寄せている人に贈った
後日 その人から
宅急便が届いたと返事がきた
サクランボの胸を 摘みたいってこと
サクランボかどうかわからない
二つの胸の突起を摘んだことがない
その人の乳頭が黄色かどうか
胸を開いて確かめたこともない

それぞれの日は 晴れていた
晩春から初夏にかけての穏やかな日
雲の隙間で 空は青く輝いた
葉の隙間で 花は赤く開いた
二人の空間で 心は黄ばみ始めた
戸惑いがちの心の窓ぎわで
その日から
つむじ風が立っている


阿部 美和子
あなたに フランスの絵本とシャンソンを



あなたから届いた 一通の手紙

 
肩にふりかかる 淋しさは
  つめたい 雪の花弁
  長い夜を 愁い
 話しかける 相手がいない
  孤独と不安
 息を潜めて迎えた 白い朝
 大切な 大切な思い出を
  ぎゅっと抱きしめて
  涙にくれる


季節を織り重ねても
一方ではない悲しみに暮れる あなたに
 寄り添う言葉も
 何も見つけられずにいる私

せめて あなたに
フランスで読みつがれている絵本のお話を
人生の苦楽が刻んだ
 しわだらけの自分の顔を
   「なんて美しいの」と つぶやく
 パリのおばあさんの物語
どんなに困難なときだって 微笑んで
   「明日になれば きっと良くなるわ」


せめて あなたに
平和な夜の 星たちに手をさしあげて
 じょうずではないけれど シャンソンを
   静かに目を閉じおやすみよ
   眠りの番をしてあげる
   心配しないでおやすみよ
   お陽さま起こしてくれるまで


  *[パリのおばあさんの物語]
  著者 スージー・モルゲンステルヌ
     セルジュ・ブロック
  訳者 岸 惠子

  **[シャンソン・子守唄を知らない子供]
  歌手 槇 小奈帆


あゆかわ のぼる
マンジュシャゲ



茶褐色の南国の活火山
舞い上がる蒼い海の滝
陽炎のような稜線の産毛
谷底の緑の叢
RUBYに手を合わせマンジュシャゲ
もうぼくには母はいない
アンニャが殺された南の島の名も忘れた

可南子 あなたの背中なのか
姿見に映っている
乳房というほどでもない胸なのか
不測の事態というのは
まだ寝る時間ではないが
可南子は全身湿っており
溶けるように布団に横たわると
太股の付け根 黒豹色の密林のそばの
楕円形の黒子が潤み始める
そこを擦ればマンジュシャゲ
破れた障子の穴から緩んだ西陽
ぼくは幼くして死んだ三人の姉を知らない

熟れ過ぎたザクロ
赤い歪んだ唇
震えていたねマンジュシャゲ
KirRoyaleの匂う陽子
もうそれ以上脱がなくてもいい
襞襞まで黒ずんで見える
乳首が割れたマンジュシャゲ
ぼくはすでに充分に大人になった

向かいのおばさんが
蚊帳の中でうたた寝している
働き過ぎて死んだ母も
栄養失調で干涸びた姉たちも
もういないから

マンジュシャゲ 噴き上がる命の炎


池内 世紀子
詩殿 言の髄 わがいのち やまとことばよ ち・は・よ そはらしんばん てつなぎ峠
  ――此処に居るよ――


難しい事は 書けないけれど
私は 時どき 物を書く

子供の頃は 平仮名の五十音で
心に思う事を 充分綴れたのに
処どころに 漢字を入れたら
何となく 上手い文章に見えてきて
もう少し 漢字を殖やそう と いう
気持になった 更に 殖やしていったら
漢詩の様に見えてきた

五十音の横書を 眺めていると
それぞれ 同じ母音の家族の様に
思えてくる
あ家 い家 う家 え家 お家
あまた言葉を 友として
私は かくもしぶとく
今日も こうして 自分の生命に
活を注いでいるのだ

顕科沙汰名端真家轍窪
緯生私知認秘未遠理意
宇久素対縫不無由留有
映境井程根平謎営零重
逢考礎途能萌要養労応無
 最後の一字無≠ヘ
 詩で あったのだ

言葉 大地に 満ちあふれ
天地の記憶潜めて 気体のコトバ
       液体のことば
   固体の言葉

この天体の 整然とした
複雑さの中に 実に 丸くまるく
もの思う この星
きれいに おさまって呉れて
涙が とめどなく あふれてきた

 私の意思に 応えて
 言葉が 自然に
 活湧して呉れます様に
 百万言にも勝る 思いを込めて
 今日 私は
 この詩を 書いた


石川 悟朗
星をいただく人



医師が見せたフィルムに
放射線状に並ぶ粒々が
どす黒い膜の上で不気味に光っていた
闇の奥で
やがてわたしはぼんやりと吹雪の空を眺めていた
宣告されたことばを打ち消そうと
あれこれ思いめぐらしていた
死の恐怖を描いては
消えたり 浮かんだり

出迎えの約束の時間がせまっていた

よこなぐりの雪片が街燈に影を投げかける
人影がゆらめいてわたしの前に現れた
うすく紅がひかれ
越後の寒椿が雪を被っているかのよう
笑みを浮かべていた
星くずをちりばめたスカーフをなびかせて
吹雪の中に立っていた

隔絶された部屋の窓から
嵐がウソのように消えていくのが見えた
月の光が差し込んでくる
オリオンが見える
 小さなあの星のかがやき
 何億光年も旅をしてわたしにその精を送っているのよ
 いまこの胸でしっかりと抱いていたいわ
 吹雪の中でも燃えているの
 だから身を粉々にしてもいい
 きらびやかにひとのこころに散ってみたいわ
 凍てつく大地でもいいの

旅の疲れを微塵も見せない
雪女のしぐさにも似て
ひょうひょうと髪を寒風に梳かせ
とつとつと星空を見上げながら話した
あの星から届く一本の清冽な光の矢
あの人を貫き

わたしは
流れてゆく星の行方を追う
あの人が
医師が見せた暗黒の死の世界へ
金色に輝く軌跡を引いてゆく

それはふたたびのいのちのめざめをよび
ふつふつとわきたつ生の芽ばえをおこし
全身をゆさぶりはじめていた


石田 由美子
廃 坑



道は二つに分かれ
闇の奥へ続く

泥の壁は光り
盲いになり
よろきながら歩いていく

ふと
時が歪んで
やかんがぶつかる音
男たちの笑い声が響いて

父の長靴が片方
見覚えあるヘルメット
入り口の赤いポストに
私の手紙が届けられる音がして

何もかも闇の中の
ひとしきり騒がしい
昼時の
窓越しの食堂

父がいて
若者たちがいて
その台所は
明るくて賑やかで
暖かだった

笑い声やうなずく声
肩たたき茶を注ぎ

闇のなかで
父は
こんなにも暖かい場所にいた


石塚 昌男
昭和の物語復員組



昭和二〇年 八月一五日
無条件降伏―復員兵たちの帰郷―
その中に少年復員兵の姿もいた

帰った少年復員兵たちは
それぞれの出身中学校に復学した
―陸幼・特幹・予科練・陸士・海兵―
その中学の復学希望は五〇名を超えた
学校では復学生徒を一クラスに纏めた
いつしか そのクラスを周りで
復員組≠ニ呼ぶようになった

価値観が揺らぎ絶対権力が崩れ
天地が逆さまになった
そんな時 普通の中学生にと願い
復学した少年たちに
復員組≠フレッテルが貼られた

空虚な心に虚栄が芽生えた
戦時中の荒れた心が甦り
教師を無視し 校則を犯した
校舎内を下駄履きで歩き
下級生を暴力で威かく脅した
いつしか復員組≠フ名が
悪名となって校内外に伝わった

そして 翌三月 淡雪の舞う日
下級生による報復殺傷事件…
残雪が鮮血で染められた
刺された生徒は暴力に無縁であった
学校は黙して語らなかった

―新学期復員組≠ェ解体された―

とおい遠い昭和の物語です
知っていますか
復員組≠フことを
ぼくは復員組≠フひとりでした


伊勢 輝恵
95年
――日月潭・詩人会議


 おもいがけなく
 たのしい「おもいで」が
浮ぶことがある

ある同窓会だよりに「乾杯の詩」が記載されていた
その詩から浮んだ詩人会議の情景
95年
誘われるままに参加をした詩人会議
観光ごころもあった
だが 分科会で講演を聞くと
吹っ飛んだ観光ごころ
講演をする詩人は過去現代・・未来におもいを馳せてかたりかけてくる
私にとって脳を全開しても詩人の思考は遠かった
分科会は終る、集会場は熱気の華、
乾杯の音頭はあっちこっちから響き渡る
秋田の地酒を出せば
よくもってきた≠ニ喜ばれ、そく乾杯
乾杯の音頭は連呼・・鳴り止まず
 乾杯に酔い
 言葉に酔わされた
今は当時の詩人も欠けて天界暮らし
 美しい日本の四季折々を描き
 美しい日本語で詩を詩っているだろう

生前に贈られてきた著書や手紙、詩文を紐解きかたりかけてくるあの余韻、
 いい時代の出合いでした。

ケータイもとどかないところから
時折、微笑んで戻ってくる熱きエール
 集会場の雰囲気
そして乾杯の音頭は今も響き渡ってくる。


稲葉 淳
空と語る



空は秋が近づくのを
無言のまま語る
とてもすてきな
青空と雲のコントラスト
わたしはこんなきれいな夕空を
久しぶりに見た

夏にさよならする日も近い
秋分の日か
雨の止んだためか
虫の音がきれいだ


空の彼方


網戸ごしに
空を見ながら考えた
自分はいつの日か
永遠を求めて旅するのかと
翼を持たず後も見ずに
ただひたすらに飛んで行くのかと

今 この部屋から見える
雲しか見えない
あのかなたへ
旅するのかと
何が
あの雲の彼方に
あるのかを僕は知らない


今川 洋
その姿は



早朝 花達はねむりから覚める 傍の草も共に
「おはよう。」「おはようございます。」とあいさつの私
かすかにゆれる 声ならぬ声
花や草達の声を全身で聴きながら 朝の歌
花や草達は それを待っていた
一しょに喜んでまたゆれる
  花は詩に似て
  詩は花に似て
と先達大詩人は つぶやいていた

雑草という草はないのだ
みんな いのちの名を持っている
ある大庭園の奥 若みどり色の細くたおやかな
 草が群生していた
その荘厳さに心を打たれながら ま向えば
その奥にある 天神様のみ社がうっすらと見える
草だって 詩に似て とことばが追いかける

さあと水やりに 心をこめるが やり過ぎると
花や草達が自力で大地からの水を
呼吸しているのをとめてしまうから
 ほどほどに

誰かが 花のいのちは短くて…と言っていたが
それは人の手のせいだ
ほんとうは長いのだ 季節を彩る草花の
その姿は詩 長いのだ


  *北川冬彦大人


磐城 葦彦
とうろう流し



また ことしもあつい夏がやってきた
あれから六十八年もたつというのに
忘れることのない 八月六日

いまも 広島の七つの川は
いのちの散華をしのんで 涙と共に流れ
とうろうで あふれていく

父の 母の 妹の 弟の 名をしるし
流れは たくさんの彩りで染められるが
わたしは 平和のつどいに列し
またたくまに 丸木位里と丸木俊の原爆図に
ひきずりこまれたまま 言葉を失う

ここは 広島
爆心地から 垂直に立ちのぼった
まっかで まっくろな
世界が ここに よこたわっている

とうろうの 流れが
おわらないうちに 川瀬は逆流し
上げ潮にのり もどされ
やがて 折り重なって 一つ 二つ 三つ
暗くなった闇のむこうに その固まりが漂う

それは あたかも
あの日から始まった死への旅路と 同じ
屍に満ち 血にしたたってやまなかったのを
とうろうたちは 知っている

熱い思いを たぐりよせようと
とうろうを流し やすらかにと 祈る

わたしも とうろう流しに加わり
供養の手を 合わせる


岡 三沙子
きこり(樵)と報道



一組の夫婦が テレビ出演中
職業は「きこり」 と自己紹介した
「きこり?」 聞きなれない職種に戸惑う
が 瞬間的に日本昔話のヒーロー
鉞かついだ元気印を 思い浮かべた
人前で「きこり」 と名のる勇気は相当なもの
目新しさを印象づけるのに
素朴な表現が 良しとする時代なのか!
局側の方針に反論したい気持
昨今 とんと聞きなれない「きこり」
日常会話に出るのは もっとまれだ
きこり 大工 指物し ぺんき屋 石工……
そのものずばりの呼び名は
親近感があって 違和感はない
  豪雪の正月 異郷へ急いだ兄と
  最後に交わした 「きこり」はこうだ
遡る晩夏 わが家に舞い込んだ一陣の風の便り
わたしの幼なじみS子の事故死だった
山持ちに嫁いだための悲劇ということか―
「オクさんが手にしてたメモ紙がとばされで
  拾おうとして 頭下げだ所さ倒木が転って…」
聞いた限りの事故の状況を 何度も反すうする
筋書きが揃っても 組立て不能の物語はあるものだ
継ぎはぎだらけのシナリオに 拘束された翌日
書きかけの兄への手紙を完結させようと
目立つ余白に 最新のニュースを走り書き
一主婦の山林事故死を 地元新聞がどう扱うか
もうひとつ S子に兄は思いを寄せていたから
ショックの一件を 早く知らせよう

 にべもない兄の返信に 立ちすくんだ
「そういった事故死は こっちだば日常茶飯事
  新聞種になるごど まずねやな」
「まさかと思うども きこりだってわ(我)切っ
  た木の下敷になって 絶命する話もあるよ」
そのメカニズムが よそ者には見えてこない
「きこり」の未知の世界が 一種独特の威力
で迫ってくる


小笠原 和成
晩 秋



  或る日の夕方
 台所に母のまるい背中が
   揺れていた

 一生懸命 何かをしている
 肩を斜めにして
 右肘を上げたり下げたり
 覗いてみると まっ黒焦げの鍋
 僕がくる前に 洗い落とそうと
   していたのだ・・・

 玄関を開けてすぐ焦げ臭い匂いに
 気づいていた僕は
 あえて何も言わなかった
  今年で三度目のことなのだ

 老いたとはいえ
 それなりのプライドがある
鏡に向かい髪を梳く
化粧水へのこだわり
美容室へも通う
心は乙女のままなのに
お昼 何を食べたか
わからないという

畑の雑草は一生懸命掻く
あねこ虫には情無用の仕打ち
しかし お昼 何を食べたか
わからないという

夏 ガスコンロを外した

今日はきりたんぽを
大きめの鍋に作って持ってゆく
茹でうどんも一緒に・・・

 もう晩秋である


奥井 陸
捨てる



エンピツの削り屑を
書き損じた原稿用紙を
書けなくなったボールペンを
商品が入っていた包装材を
不要になった会社文書の束を
読み終えた新聞や雑誌を

食べ残しを
売れ残った弁当を
賞味期限が近くなった食品を

壊れたラジオを
ひびが入っただけの茶碗を
こげが取れなくなった鍋を
使わなくなったフィルムカメラを
CDが出たからカセットデッキを
DVDにとりかえたからビデオテープを
旧式になった携帯電話を
誰も身に着けなくなった衣類を
流行遅れのアクセサリーを
人気がなくなったアイドルのグッズを

嫌いになった犬を
引越をするので猫を

つきあいがめんどうになって友達を 近所を
やかましく泣き騒ぐ子どもを
飽きたので恋人を 夫を 妻を
年老いて動けなくなった親を

そして
生きていくのが嫌になって
自分のいのちを


加藤 妙子
紫陽花の雫



「もう これ以上治療法がありません」
取り付く島もない医師の言葉に
体を強張らせ口を閉ざす

あなたは 私が小学校へ入学する時
なけなしのお金を叩いて机を作ってくれた
私は嬉しくて何度その机を撫で摩った事か
べらんめえ口調の甲高い声で
周囲の人の揉め事や悩み事を笑い飛ばしてくれた
何度も胸を患い 心の臓を患い
それでもあなたは
剽軽なおんちゃん≠ニして強く生きた
あなたはもっと生きられると思っていたはず
いや もっと生きたいと思っていたはず
唯一の血すじをひく私が
延命治療か尊厳死かの選択を迫られた
あなたの尊厳とは何か
何をどのようにすれば
良い死なせ方が出来るのか
浮腫んだ体を摩りながら迷いに迷った
そして私は 心臓マッサージのみに×を付け
叔父の尊厳死を選択した
あなたの望む全てが叶えられるよう
朝に夕に寄り添った
だんだんと意識が薄らいでゆく耳元で
「今まで生きてきて幸せだった?」と聞くと
「幸せだったねぇー」と言って
酸素マスクが曇るほどあなたは笑った
紫陽花の花が咲いていた朝
あなたは静かに息を引き取った
奇しくもあなたの娘の命日と同月同日
貧しくも懸命に生きた職人気質のあなた
せめて故郷の伊達にと遺骨を胸に訪ねれば
もはや 埋めるべく墓も土もない
ただ荒れて汚染された道端に
紫陽花の花が頭を垂れて
雫を落とすばかり


加藤 トキ
どんぐりと私



櫟林の小径まで延びている小枝の
どんぐりが愛らしくて
つい小枝ごと手折ってしまった

机の上に置いて眺めているうちに
コトリと音がして
帽子状の殻から飛びだした
幹や枝から離れても
どんぐりの旅立ちの日は
決まっているかのように
コトリと己を主張して
緑色から茶色にかわって
机の上に転がっている

そういえば私は
父に背を向けたままの旅立ちだった
透明なものだけを求めた時代
ふるさとの色にもなれず
都会の色にも染まれず
歳月を重ねた後で
病む父の看りを引き受けた
長い間の確執をひきずったまま
心を開いてくれない父の看りが続いた
ある日父が突然
 悪かったなあ ありがとう
と言って息を引きとった

はるかな歳月の重石を
最後の日に父が
取りはらってくれたことで
やっと私は
ふるさとの色になれたと思った

机の上の
どんぐりに詫びながら
生れた櫟林の土にそっと返した
秋の陽が温く射し込んでいた


亀谷 健樹
ななかまど



くるまさ ばり のった
ばち あだったど としとって
あしこし いでくなって
たちすわり ほじゃねぐ なってしゃ

なんとか このいだみこ とれて
えぐ なりたい
その いっしんで
根田の 伽羅陀仙様さ

やっとこさ たどりついた
ふるびた おどこの
とびらこ あけだきゃ きのこっぱの
てがたこ なんと えっぺぇ あるごど

そのなかの てごろなやつで
おらの あしこし
いでどご なでだきゃ
いだいの いだいの なめられたのだべが

きの てがたがら なんとたまげだ
くちびるこ でてきて
いでどご みんな なめまくられたのだ
おかげで あしこし しゃきっと のびでしゃ

なでなでして なおったらば
あらだな てがた こしゃできて
からだせんさあさ おがえししてよ
なむ とうだい とおがむんじゃ

としとれば いでどこ だらけ
からだせんさあ まんきんたん
きのてがたは つぎつぎと
おどこのなかさ やまどなる
つまれた いだみ まつりこで
おたきあげだて もやしたど
もやした いだみ はいとなり
はいは まっしろ はなどなり
はなこ あぎには あがい みこ
やま いっぱいの ななかまど


木内 むめ子
兄貴よ



大正十三年 八月十二日生れの兄貴
大正十三年 九月三日 生れの私

二十三日早くこの世に生を受けたという
ただ それだけの 話なのに

人は何故 誕生の日にこだわるのか
大正昭和と生きることへのこだわりか

いいや それはそれでいい
二人は共に 無心 であったから

日本国の 秋田県と山形県生まれ
それぞれの地に愛でられ育まれた

小学生の幼い日から 走ることの速さと
メダルの数には 目が輝いた

そんな こんなで とに角成長したが
兄貴は胸を病んで 三年間の闘病

本を貪りつづけて 俳句に
そして 究極の詩にたどりついたという

病の床を抜き出てきたのは
まさに 開かんとする 蕾一花

やがてリーダーとなるべき人の一歩は
「全詩集」の中の若き写真一葉に見る

旗を立てて進むことは 好むまい
只 一町の長としての四十四年は「完」

「俺が兄貴か」
無邪気なきれいな顔

兄貴よ
ゆっくりおやすみなさい 又会う日まで


工藤 悦子
地球のうねり U



傾斜は緩やかで
ゆったりしたカーブを描き
たまにアメーバのように
レース模様に繋がり出している
光なしでどうやら世界を行き交う
乗り物もあるらしい
地平線がかすかに孤を描いている
視界の隅にかろうじて
感じられる孤

明るい高速で道を行き交う光
もう少しゆったりした速度で
 動く光や点滅する移動
明滅する光はよく見ると
カラフルな七色の虹のよう
その瞬間 瞬間が印象派の
 絵画のように浮かび上がる
同時に道の中を走る光の動きも鈍く
遠い地表も紫がかった色になる
地平線がオレンジ色に滲んだ
境目がぼかされどんより濁る
世界はもう黄昏だろうか?

平成4年ミネソタへ行った時
機内も自由に運転席まで入れた
「もうアメリカに学ぶものはない」
 と言ったのは石原氏だった
しかし 学ぶ事は有り過ぎる
医療の殿堂やスカイウェー等
テロがあってからは
何処の空港も厳しく
静寂に満ちていた
息苦しい倦怠感を覚え
重力と疲労を感じた
光だけは様々な速度で回っている
止まっているのは私だけだ


工藤 直子
暑さの始まり



朝から日差しが強かった
外に出て歩いていると
帽子を被っているのに汗がとまらない
暑い夏の始まりだった

灼熱が地球をすっぽり包み込んでいる
目が傷つきそうで見上げる事が出来ない
熱風に背を押されるように歩いていた

  〈荒れ狂う自然の猛威に
   列島は騒然としていた〉

雑草が背高く伸びて道がとぎれて
くぐりぬける様に進むと
足元に小鳥の羽根が数枚落ちている
身をかがめて拾おうとした先に
囁くような鳴き声がした

  〈高層ビルの上から逃れて来た?〉

いつの間にか両手が塞がれていた
手の平に乗っているのは
ため息を吐きながら震えている小鳥だ
私は動く事が出来なくなった

どのくらい立ち竦んでいたのだろう

   〈ほんの数秒・・・〉

私の汗がぽとぽとと小鳥の上に数滴落ちると
両手が軽くなった

暑い風の中へ
小鳥は飛び去っていったのだ


工藤 優子
別 れ



もっとゆっくり生きてほしかった
急に旅立つなんて 夢にも思わなかった

顔を見ると
そう変わってはいない
髪は白くなっているけれど

大変だったでしょ いろいろ
私みたいな気儘な女
転勤族のなれの果て
両親はもういない
早くてあの時代は……

ひとりっ子の私は愛されすぎて
我儘いっぱい何もしてやれなかった
仕方がないわね……
気のむくまま好きな事をさせてくれて感謝
感謝のみ何もしてやれなかった ごめんね

でも早過ぎた
のんびり生きて
二人で小さな旅にでもと思っていたのに
今更遅いか……

子供達がやってくれて助かるよ

くすくす笑っているあの世で
あなたの気取らない悪い癖


黒沢 せいこ
民話詩「鶴の恩返し」



雪降る夜に思うときがある
墓も戒名もなく
無縁の空に飛んでいった
ツルの哀しみ

柿の実色のかんざしをさし
呪いのお札を夕紅に染めながら
カウカウ カウカウと鳴きながら
北の空へ消えていった

あれは夢だったのか
あの幸せは幻だったのか

千年も生きられません
ハタも織れません
亀にも勝てません
恩返しなどとてもできません
私はツルではなくサギなのです
サギ師なの・・・女はフフッと笑った

キーコパッタン トンカラリン
キーコパッタン トンカラリン
人のウワサも へのかっぱ
人のかげ口も へのかっぱ
この世は餌だけ欲しいオオカミばかり
「俺のメシはどうする」
囚われの奴隷だった無為なハタ織り
何かの代償を得ようとした愚かな女

「あれほど見るなとお願いしたのに」
いつまで胸に釘を打ち続けるのですか
千羽織りの布は二つは織れないのです
恩返しされることばかり望んで
恩返ししたことがあるのですか
ふつうの幸せを念じながら
幸せはどんどん遠ざかっていく

このごろ
仏になった者たちの夢ばかり見る
悲しい時は いつも星がきれいだ


小玉 勝幸
いつからこんなに



いつからこんなに
味気ない世の中に
なってしまったのだろうと
つぶやきながら
歩く山道には
名まえも知らない花が
咲いていた

けもの道は
水底のように静まって
さまざまな争いの匂いが
風に吹かれて揺れていた

奪われた言葉が
傷だらけになって
戻された日から
人は
語ることから遠去かり
思い出を抱えて
ただ沈黙しているばかりだった

いつからこんなに
乾いてしまったのだろうか
人の言葉も
人の歌声も
道を拒んだ砂漠のように


小林 真実
秋田蕗


緑色の地図をひろった
ゆるやかな迷路が描きこまれている
昔かいだばっけのにおいのする地図

ここは一体どこなんだろう
どこまで歩いてきたのだろう
空に透かしてみつめてみる

あちらに子どもが笑っている
喉ちんこがまる見えの笑い顔で
こちらに子どもが泣いている
地べたに寝ころんでのごんぼほりで

大きな蕗の葉脈を指でたどっていく
いつかみた夢の続きへつながる道
昨日と今日と明日を結ぶ線

なつかしい歌が聞こえてくる
どこかで子どもが歌っている
遠い昔に聞いた歌
あの子はわたし
あの日のわたし
昔のわたし
遠い日わたしがなくしたものを
あの日わたしがなくしたものを
あの子はみんな持っている

だれの背丈より大きかった秋田蕗
傘にして遊んだ秋田蕗
手で握っているだけで
どこにでも飛んで行ける気がしていた
なににでもなれる気がしていた


駒木 田鶴子
夏の終わりに



露にぬれた花かんざしを
たいまつのようにかかげている
一本のまっすぐな枝

伐られても伐られても
しょうこりもなく咲き直す
夏の終わりの薔薇よ

〈ひとは何度か
 そうして自分を生き直すのだろう〉
岡山の詩人 日笠さんの言葉が
ひたひたと寄せてくる

脱ぎ 断ち 捨て 離れ
どれもたやすいことではないが
夏の終わりの朝
中空にともった花明かりの下で
たしかにわたしは
ヒリヒリする皮ふで呼吸していた

背中のすきとおった羽が乾くまで
ヒマラヤシーダーの葉先に止まり
それから
セミの抜けがらとブランコしたり
ヒメジョンの綿毛を追いかけたり

ごらん! なかまたちよ
小さな庭の小さな生誕劇
 うまれたてのベビーピンク
 そのかぐわしい予感
ザ ラスト ローズ オブ サマー

2013・8・31


小松 春美
やぶつばき



濃い緑の中の
花のひと重にひかれる
原種のもつ
つつましさとか りりしさとか

もっとはなやかにあでやかにと
改良の厚化粧の手の及ばない
野の趣きのひと重

 避け方も
 曲り方もわからぬ
 あの子のまぶたはひと重だった
 いまでは遠くの街で
 口も目も大きく見張って
 あか切れだらけの
 三人の子持ちになり

花は蕊に
種のいのちを確かにかくまい終えると
すばやく いっ気に
脱ぎすてるように散り敷き
視線をさらうのだ

ぽとりぽとりぽとりぽとりとぎれず
一面に足もとに伏し
はかなげに しおらしげによそおい
抜けがらの打ち掛けをも
連想させる

守りたいものの為の
いにしえより変らぬ
偽傷の色

そのときを胸に秘め
藪の中に力づよく
赤く咲く


今野 月江
心の漂流



一切合切打ち捨てて
どこか遠くへ出掛けてみたい
今の自分を脱ぎすてて
心の中の自分を誘い
行きたい所へ
自由に向かう
神社があったら
思いついた事を頼み
寺があったら
脱ぎ捨てた自分を
ちょっとの間、守ってもらい
人と擦れ違ったら
笑顔であいさつを交し
動物に出合ったら
「元気かい?」と尋ね
花を見たら
「きれいだね!」と言う
みんなそれぞれ心がある
話せば通じるだろう
ただ、
ひとつだけ守らなければならない事がある
それは、
「私は、人間です!」と威張らない事
何の心づかいもいらない
そして自分の中に
「ほっと」する空間が生まれたら
元の自分に帰ればいい
心の中の自分には
素敵な衣装を着せて


金万 和
ブルーの時



否応なしに 鮮明に脳裏を過る時がある
 あの時の暗雲・・・
かなり遠くから立ちこめてくるのに
雲の減り張りは所々ハッキリしている
きっと幸せ色に馴染めないのだろう
きっと幸せ色に除け者にされたのだろう
そんな時に決まって
 こちらの都合も考えずに
どっかりと伸し掛かってくる灰色の雲

まるで花を忘れた庭のように淋しく
草木の枯れた廃屋のように悲しく
その狭間にうごめく寂寥感が
  私を拘束する

濃厚な油絵の色彩も
脳天を突き抜ける程の恍惚としたあの
 美しいソプラノの声音も
 この胸の悲鳴を掻き消せないことを
  分かってはいる
体の隅隅まで
髪の毛の一本一本までも
 脅かす真夜中の震える電子音

汚れのない白い壁を見ていると
その純粋な色が眩し過ぎて怖気づいてしまう
生命をつなぐバロメーターの機械音が
 狭まれた部屋のベッドの住人を苛み
   夜と昼を遠ざける
まるでオキシドールの押し売りのように
全身を強張らせる臭いが大きな
 建物にむんむんひしめいている
   冷たく長い廊下だった

あの灰色の暗雲がモクモクと忍び寄る音が
今でも 目覚まし時計のように
  私を呼びおこす時がある


斎藤 肇
雪ひとひら



上見れば虫コ
中見れば綿コ 下見れば雪コ……
とめどなく降りてくる 雪 雪 雪
一瞬 掌に見たみごとな華の雪
天道をわずかに違いて ここは人界
無垢・清真・瞬時の輝き
たちまち 跡形もなく
霧散・昇天霧消。

同胞無数 大方は
連なる屋根や うねる山々・広野に降りて
積もり重なり 重圧の中で春を待ち
時至れば 摂理を巡って洋に出で
輪廻の昇天を果たすはず。

幸か不幸か 掌の束の間のひとひら
同胞億万 誰一人にも気付かれず
心ならずの霧散霧消。
――その時その刻 どうして己がそこで
不意に掌をかざしたものか。
無窮空間の ミクロの点の出会い
偶然・必然 運命というものか
――一期一会ともみるべきか。

そんな刹那が繋がって
齢は傘寿・後期高齢 それでも先は
自ら選べる無垢清真の白いキャンバス
足跡はほどなく消えることだろう
今日もなお 雪降り積もる。

掌の わずかに濡れた
たどたどの運命線に目をやりながら
いよいよ新たな八十路の歩み
茫洋と キャンバスならぬ
白い空間。


斎藤 牧雄
限界集落



社に住みついた神々の
孤独な嗚咽が
今日も朝露となって
滴っている

北緯四十度の丘陵地帯は
陽も星も落葉樹林の梢に隠され
空の慈愛すら
地上に届くことはない

多くの者たちは
その場所に自分であることを置いて
朽ちかけた橋を渡り
明日へ出奔した

残された者たちの記憶は
谷川の流音にかき消され
墳墓の丘は
時間を引き連れて苔むしていく

しかしそれでも
風よ と呼びかける
おまえは俺たちの一日を背負い
人としての誇りが根を張っている
耕地の夢を町へ運べ
森よ
その思いのたけを薫りに乗せて
人々の郷愁に住みつけ

北緯四十度の丘陵地帯は
枯葉に埋め尽くされ
生への細道は樹下に隠されてはいるが
希望への火は
まだ燃え続けている


佐々木 卯子
遠い日の音
―向井潤吉画集より―


茅葺き屋根に
草 ペンペンと 生え
垂れ下がっているのに
その歪な線の
柔らかな 優しさ

竹竿に洗濯物 干され
素朴な生活
覗いている
草むらの中

清澄な空気と光の下で
存分に生い茂っている
雑草
樹木の奔放さ

遠い日
寝っころがった草の
ひんやりした感触も
草いきれも

錆びている記憶の
オルゴールを開けて
子守歌を 奏でる

空の色を 映した
遠くへ流れる
せせらぎの音

田舎の優しい風景の中に
遠い日の音を聞いていた
胸に響く その声
 飯だよー
 早く 風呂だよー


佐々木 伍郎
農聖 石川理紀之助



今朝も
農民の起床を催す
板木の音が響く

「寝ていて人を起すこと勿れ」
これは
理紀之助が生涯貫いた実践哲学

日々の暮しに
責苦農民のため
働く目的と
生きがいのよろこびをめざし
東奔西走した理紀之助


その情熱とパワーは
どこからきたのだろうか

石川家に婿養子入りした頃
傾いたかまどを立て直すなど
農家経営にも
長けていた理紀之助

秋田県庁時代には
県の農業発展を願い
県種苗交換会の礎を築いたことも
特筆すべき事のひとつ

草木谷での草庵時代には
農民と共に質素倹約を旨としつつ
農業の将来と理想の農民像を説き
短歌など学習の場としても庵を開放
農民のために心血を注いだ

生涯農民と苦楽を共にし
県内外の農業指導に生きた
農聖 石川理紀之助は
今も心の中に生きつづけている


佐藤 信康
喜怒哀楽



七年先のオリンピック。東京開催決定。
九月八日発表。 みんな  大喜び。
 「んだども……。」

相変わらずニュースでは
東電の原発事故の件が続けざまに伝えられ、
悲しみ、怒りが絶える事がない日々。
涙も枯れ ただただ 深かーい
深かーい哀しみと怒りが 腹の底に
          沈み落ちる。

七年後の楽しみを夢に描いて
心身の健康を祈り、八十八まで
はちゃでも かちゃでも生ぎねばど
欲たけで、勝手な願いを抱く。

ああ、喜怒哀楽 四つの情感を
縄綯うように生ぎる。
ああ、情げね情げね。

東北震災の悲惨さ、復興もまだまだ。
じっくり、ゆっくり、支援を祈って
来たのではなかったか。

この頃、ふっと 福島県民だったらば
 と思う。胸に突きあがる情がうずく。

テレビドラマ「八重の桜」の喜怒哀楽。
明治維新の戦禍の災厄 負げ組不幸。

日本人、一人ひとりが荷をしょわねば
 ならねもんでねが。

オリンピックだどって浮がれでばり
いだって だめだべ。
「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」
の道を一人ひとり歩がねばならねべ。


佐藤 真紀子
ありがとうのうふふ



百足の様に連なって
穏やかに歩いてくる十五人の托鉢僧
こちらへ裸足でゆっくりと

ありがとうのうふふ
一日三行の小さな日記帳
年の始めの白い暦に
肩を張らずに なんてね
(こんな楽なことも出来なくて)

日々の痼を肩越しに
ポイポイ捨てたら桝一升
豆粒みたいに小さな口が
世間知らずのことばかり
煩いほどにしゃべり出す

百足の様に連なった
うしろ姿の十五人の托鉢僧
静かな背中はしあわせに
こう行きなさい 生きなさい

ありがとうのうふふ
今年も終りというけれど
望みは明日も生きること

お坊様 うふふのあとを
こっそりついていっても
いいですか

  *禅僧 井澤寛州作 双幅「托鉢行帰図」


須合 隆夫
セイタカアワダチ草の町



午前10時30分〜
福島県楢葉町に到着す。

黒いビニールに包まれた
〈砂の群〉が
田んぼの向こうに続いている。

そこは「警戒区域」が
解除された町でも在る。

しかし、そこに
町民たちは
誰ひとり帰ってはいなかった。

ただ、ぽつねんと
除染している作業員が
白いマスクをつけ
寡黙に作業を進めている。

私たちは〈通行禁止〉
の三叉路をめぐり

JR常磐線の
「竜田駅」=(駅舎は封鎖されている)
に立ち寄って

セイタカアワダチ草
の群落が
わさわさと繁茂する

その家々の
まん中を通って

〈広野火力発電所〉方面に
向かって走りだします。


鈴木 いく子
廃校のグランド



もうすぐ六月の風は緑色
みどりの風が吹くといわれた小学校は
2012年に統合されて
今年はこの学校には生徒はいない

雪が解け
草草が生い茂る頃
使用しなくなった
グランドの草は
伸びたまま

山に囲まれた緑の景色に
同化するように
グランドも緑色
茶色の土は隠れたまま

生徒たちは六年間
毎年一度は雄大な太平山を描いた
描き方が一年ごとに上達していった
ウグイス、ツバメ、キツツキ、セミの声
季節の音が響く校舎
ふるさと教育で
ワラビ採り、カジカ採り
ヨモギ餅作り、山谷番楽
地域の人が作ってくれた
炭焼き小屋で炭焼体験
冬は急なグランド坂でスキー
春は雪どけ水が側溝からからあふれんばかり
勢いよく流れる音がダブンダブン
グランドから見える太平山
虫や鳥、風の音が聞こえたグランド

緑に囲まれて
何もかも
今は緑一色に

  *2012年、山谷小学校は太平小学校へ統合された


鈴木 容子
『置かれた場所』で


「ちょっと 歩いてくるからネ」
コーポの軒下に住みついて
座視しているだけの迷子の鍵に 声をかけ
パートナーと手を握り
一週間ぶりの外歩き
「歩行トレーニング」の ミニ散歩へ

小さな街の路地には
人影はなく 犬の声もせず
すべての命たちは ひっそりと
台風一過の安堵の中で 放心している如く

  自力歩行も ままならない
  中年女と 手を握り合い
  老いを共に歩いてくれた
  20数年来のパートナーは
  よろけても つまずいても
  黙々と支えてくれる道連れの杖

ヨロヨロと コツコツと
呼吸が乱れ 立ち止まった所は
人家の庭まがいの ミニ公園
風雨に耐え 咲いたばかりのコスモスたちが
微笑みながら 手招いている

パートナーが手を解き 横たわった時は
わたしが ベンチに座りこみ
遥かなる天空に向かって 問いかける時
『置かれた場所』で咲くことができない と
 行先が見えない現在を憂いながら
 咲けそうにない花たちを思いながら

パートナーとの休憩タイムは
老女の充電タイム かもしれないが…

  *『置かれた場所』 シスター渡辺和子の著書から
  **パートナー 金属製の歩行杖


橋 辰雄
終戦と雀



蓆で囲った急拵えの鳥追い小屋
屋根は苫 出入口は蓆を吊り下げたもの
鳥追いとは蒔きたての大根の種を狙う憎
い雀を追払うこと
国民小学二年夏休の俺
今日も朝から日差が強い
又兄は鳥番を俺一人におしつけどこかへ
行って終った
広い畑を縄で巡らし空缶を下げ小屋の入
口で縄はしを引き動かすと
 『ガラガラ』と音がして雀を驚かすと
いう仕掛け
はりつめて今日の夏休みの宿題は終り
だんだん眠くなる
はっと気を取り戻し思い切り縄を引く
三度四度くり返すが今日は雀がやって
来ない
風もなく妙に静かだ
外に出て畑をひと廻り
 『大丈夫やられていない』
と その時畑の向こうから近所の小母さ
んが大声で泣きながら俺の名を叫び走っ
てくるではないか
近づくにつれまっ青な顔がはっきり解る
「えっ〓 一体何〓」
小母さんの短ぐつもんぺも泥だらけその
まゝ小屋の中へドドッーと崩れ込み敷蓆
に伏せ大声で泣きながら
「日本は戦争に負けた〓 戦争に負けた〓」
「ここで思いっ切り泣いて帰りたい〓」
といってしばらく泣いていた
俺はたゞいつも親切で優しく大好きな小
母さんがこの様に泣くのが無性に悲しく
て声をころして共に泣いた
それはそれはとてもとても
暑い暑い日だった


田口 映
蛇野 
―メゾンさめじま―


一方通行を入って四軒目。
外壁が錆びかけた 可愛い二階建て
突き当たりの部屋に 木村君は棲んでる

少し草臥れた 銀色の小さな四輪。
窓に灯りが点る夕暮れには
四合瓶と350缶三本 ぶら下げて
ひしゃげた扉を叩いた

引っ越してきたばかり
お腹の大きな富士子さんもいて。
未だアヤノンが生まれる前のことだけど
四人でお酒を呑んで色々なことを話した

 この辺りは 面白い地名が多いですね。
 十七流。谷内佐渡。西谷地。
 そう ここだって蛇野って云うんだよ。
 契約書に名前を書く時 「アッ」て。
 思ったけど 郵便を見ると
 ここに住んでるのは 今でも不思議。

―チイサイ頃ニ奇麗ナ緑色ノ
       ヘビヲ見タコトガアル―
ボクは云いかけてやめたけど。そのとき
木村君は就いたばかりの仕事に
未だ 慣れなくて一所懸命だった

香ばしい夕暮れどき。
灯りの窓を叩くと 富士子さん一人で
帰ろうとしたけど せっかくだから。
と 夕飯のウナギで呑んだこともあった

皮を脱ぐみたいに
小さくなった部屋を越して
三人は 此処に棲んでないけど
風が吹いて 淡い記憶が揺れると
メゾンさめじま三号室 生活至便
 日当たり良好 敷・礼不要
 前家賃は一ヶ月からでお願いします
今も部屋の窓を 叩いてみたくなる


館岡 里紗
蹴 球



ボールが走る
少年が転がる

ゴールポストは
僕印の段ボール製
必殺シュートを決めるたび
見えない歓声が轟いた

悔しさが痛みが苦しみが
胸の奥でくすぶって
青年は
今でも思い出している

世界に一つのサインボール
今はどこにあるんだろう
大きく掲げた目標は
張り替えられた壁紙の下

ボールもずいぶん小さくなって
ボロボロのスパイクは
ピカピカの革靴になった

でも

喜びはときめきは衝動は
胸の奥でうずいてて
少年は
今でも走り続けている

会えるかな
届くかな
あの日見ていた景色まで


館花 久子
紅色の街



わたしの生きた小さな城下町
今 紅色にすっぽり肩まで染まり静寂
膨らんだ桜の蕾は紅色の頬を染め
頼りない枝に寄り掛かり
開花のその瞬間を待つ

咲いたか まだか待つ心の揺れ
愛しい人を待つように
このひとときがわたしは好きだ
忘れかけていた胸の時めき
二度と戻らないあの青春
待ち侘びて咲く桜の花と重なる

めぐり来る春 紅色の街
この時空 生きている証
遠く剣の残雪 花冷えの街
花の命は儚く無常
桜 咲いてくれなくてもいいのに
紅色のその蕾のままでいいのに

咲いてしまうと次の季節が追い駆けて
来るから


土谷 敏雄
山は宝か



新任の林業技師のころ
造林を指導した杉山が
今日 伐られてゆく

 今から五十年前の
 経済成長期
 国産材で足りなくて
 外材輸入がはじまった

大面積、一斉造林が効率的と
山の環境は二の次にすすめられた
育つにつれて下刈、保育に苦労し
必須の除伐、間伐は遅れがち
経済至上主義には馴染まないと
不採算産業の烙印を押す者もいた
後継ぎの担い手も激減した

 国内の林業経営は
 経済のグローバル化
 円高の急進、輸入の外圧
 でも 歯を食いしばり
 自分の手足を食って
 じっと耐え忍んできた

国産材には長所がいっぱいある
今日伐られる杉山も
上等材の生産が期待される
思いのほか高値が期待される

考えるに 杉の語源は
「直ぐなる木」と言うが
年輪もほぼ均一に成長し
木目も美しく芳ばしい香がする
何よりもその垂直性は
厳しい雪に耐える秋田人に似る

経済性もさることながら
山は わが古里の
物心両面の宝である
そうだ、明日は
永々と続いている
植樹祭だ


寺田 和子
窓 に



   

大昔 ほら穴の住居に作られた
けむり出しの穴
夜 大きなゆるりの周りで語らう

狩りや漁りの話に息を弾ませる子どもたち
女たちの語る 木の実採りや
こまやかな織りに込めた思い

時折 くべられた木が燻り
吹き入る風に炎が燃え上がる
時はゆるやかに流れ
やがて

子どもたちは眠り
語らいも 寝息も けむりとともに
天へ上っていった
星も見えない けむり出しの穴から


   


朝の光を 最初に知らせてくれる

窓のない部屋
小さな窓 ひとつだけの部屋
ショーウィンドウのような 窓

グリム童話のマレーン姫のお話
恋した姫は 父王に逆らって
窓のない塔に 侍女と二人
閉じ込められた

何年も経って 食べものも尽き
死を目前にした二人
やっとのことで塔の壁に穴を開けた
父王の国は荒れ果てていた

ひとすじの光 と さわやかな風
励まされて 歩き出す


   

高校生のころ 校舎の一角に
五階建ての展望台があった
その四階の小部屋が
部室だった

小さなはめ殺しの窓がひとつ
南側の風景しか
見られなかった その小部屋で
ただ 海を 想った


菜原 俊輝
借金の旅路



東京から西へ約一万キロ
そこにはロンドンがある
東京から東へ約一万キロ
そこにはシカゴがある
いつか一度はいってみたい都市だ

その都市へ日本人なら誰もが行ける
一万円札で橋が架けられるのだ
そうなのだ
私たちの国の借金で

私たちの国の借金は
一万円札を積み重ね上げると
一万キロメートルに達する
西はロンドン
東はシカゴ
一万キロの借金の旅路

一万円札で地球を掘ったら
あともうすこしで
地球の裏側に達する
おそらくブラジル付近の
大西洋上に浮上するだろう
信じられないほどの借金
ああなんという借金
一千兆円の借金

一円玉を重ねたら
一枚を一ミリとして
一千兆ミリメートル
あっ 一円玉は地球を飛び出し
いったいどこまでいくというのか
太陽を突き抜け
十億キロの宇宙の旅路
永遠の彼方に向かって行く
後世への大罪
神様 仏様
この国を助けてください
ハヤブサの翼をください


成田 豊人
流されて



蝦夷躑躅・連翹・桃・梅も咲いた
山奥の廃れた診療所の庭に人影もなく
過ぎ去った無名の歴史は
どこにも刻まれず
元駐車場の捲れたアスファルト上に
かすかに幽霊のように漂っているだけ
どこからか冷たい風に飛ばされ
一輪二輪と届いた
まだ固い桜の花房
あなたの面影は渓流の底に沈んだまま

少し前トーキョーを彷徨って
気付くとかつて酒に溺れて歩いた路地
殺人も起きた荒ら屋の側で
行く先を喪い途方に暮れていた
不意にあの川の流れが香り
くぐもっていた記憶が
崩れる花束のように目に浮かんだ
ついにあなたに
別れの言葉を向けられず
帰る当てもなく
ただ帰るしかなかった故郷

時代の端に押しやられ
群れて歩くしかない少女達と擦れ違う時
花の記憶もかすかに匂う
高層ビルの谷間に落ちていた一本の水仙
踏みしだかれ裂け
鮮やかだった黄色は乾き皺が寄り
誰も振り向かないまま
吹くのは夕暮れの生ぬるい風
転がされ暗がりに消えてしまった
かつて同じ場所で少年は
まだ新鮮な指先で
未来をなぞれる気がしていて

遅れすぎても春は春だが
今日もやっと桜の花が開き
もうひとひらふたひら散り始めている


西村 靖孝



夏、夏、暑い夏
幾つか過ぎた
夏の日々
滴った汗の
塩辛い
思い出

雨、雨、夏の雨
雨降る午後に
眠り込み
待ちわびたのは
雨上がりの空
そして、
照りつける太陽の
焦燥、焦燥、
夏は暑さの中で
生き急ぐ

蜩しきりに鳴く
昼下がりには
一日は駆けてゆく
駆けてゆく

海岸沿いの国道に
陽炎が立ち昇る辺り
入道雲は
湧き上がっている

今年も夏は
また、
やって来た
まだ、僕は
呆然と
少年だ


根本 昌幸
生きろ



泣くな
絶対に。

笑え
無理して。

ふりむくな
後ろを。

前へと進め
前を見て。

それが人間だ。
人間のやることだ。

昨日は昨日。
今日は今日。

いつかは来る
必ず来る。

明るい日が、楽しい日が、
手を取り合って
笑える日が、

必ず来る。
それを信じて

今を
生きる。
生きよ。
生きろ。


長谷川 繁勝
自己との対話



まさかの自分が・・・
ある朝突然に脳梗塞という病に倒れ
もたらす不安
頭の中は真っ白
一方的に押し付けられた出来事
でもこれが現実

病気に向き合うとさまざまに起こる体験
それでも主人公は私
悩んでいるだけでは何んの解決にならぬと
機能回復訓練に励む
現実を直視し自分との対話
力の入れる加減を学ぶ

つらいことは多いがひたすらに進むだけ
リハビリは毎日のこと
自分を信じ、必ず治ると信じ
回りの声にも耳を傾け環境を変える
進み方により
変化の度合もよい方向に導くことができる

毎日が気づきの一歩
新展開への踏み出しの一歩となる
経験することによる強さと
日々の自分との対話が
カタチとなり芯の部分が積み重ねとなっていく

希望につながる日課のリハビリは不可欠
自分のため
妻のため
仲間のためにも
頑張るんだという強い気持が必要

病気になると当然生き方の変更となる
だから自分の心得と
関わる人々により存在価値も決まる
生きる幸せや
生きる暮らし方
生きる楽しみが
今日という一日を大切にするのだ

私にも夢と希望がある
命にも期限がある
残された時間は私のもの
いろいろな出来事に素直に喜び
生き甲斐としたい
今の私には「病 居」はいらない

元気な一歩に笑顔の一歩
この一歩が可能性となり
回復のためのプラスとなるはず

リハビリの流れは止まることはない
自分に何ができるのか
そのために何が必要か
自問自答はつづく
望みは捨てないし
自分に同情もしない
やるしかないのだ

病の改善のプロセスは
これでいいのか
これでいいんだの思いと確認

無関心や無反応で
体も心も機能しない
生きることは自分を愛すること
濃い生き方をしないと
苦しみだけの思い出となる

満ちる心
豊かな心
思いやる心があって
病の回復になると私は思う

自己との対話
それは自分自身と向かい合うこと
心の持ち方、考え方次第で
進む方向が決まり
新たな自分、新たな発見の人生となる

今ある目の前の障害物を乗り越えて
継続と挑戦となる
楽な道はないと思うが
それがすべきことの
本当の「自己の対話」なのかも知れない


長谷部 美音子
草原の駅



春の雨はどこかあたたかく
雪解けを進ませる

道ばたのなごり雪の影から
ふきのとうの芽が
薄い春の日ざしを花びらいっぱい
集めているふくじゅそう
丘の斜面にはすみれたんぽぽが広がる
待ちかねていた
山ざくらの蕾が膨らみ
やがてさくらの花は
石狩平野開拓村を白く染める

朝のめざましは山鳩の鳴く声
開拓者たちは
水稲を馬車へ山積みにし
遠い田へ急ぐ
平坦な農道はカタカタと
急な坂道を登るときは手綱をゆるめ
ピシッピシッと馬の尻を打つ
下るときは手綱を引いてガタガタと

春と夏はほとんど同時にやってくる
盆が過ぎると秋風が吹く
ドーンドンドンピーシャラ
村祭りの太鼓と笛の音が
校舎まで響いてきてなぜか胸が躍る

日照時間が短い収穫の秋
農作物は冷害霜害にあう
幾多の困難と命がけの土との戦い
開拓者たちの背を見た
平成から昭和中期へとさかのぼり
漁猟から農耕への展開を知る

セピア色したスクリーンのなかに
遠くに青山系の山々が低く走り
茅葺きの家を包囲する広大な草原
夢を追って
この草原を駆けめぐる少女がいる

私の音楽への始発は
この開拓村からだと信じた

  *青山は地名


平塚 鈴子
来満峠を越えて



日本の魂を 崩壊させた
あの大戦争のあと
志 だけを胸に縛りつけ
一人 能代を後にした
若者がいた

追いかけてくる風に 目を瞑り
一途に向う 来満峠
地図にはない 来満峠は県境

青森の風を受けた時
志は 翼に変った
若者は 鷹になったのだ

鋭く光る その眼は
行く手を 広く見据え
しがらみのない その耳は
隠れている本音を 聞き取り
勇気を秘めた その爪は
誰もが諦めていた
荒野を切り開き
人々の心を 繋いだ

いつしか 若者は
自分の中の 来満峠も越えていた

熱い血潮の 発火点は
女神住む 白神の山並みと
いのちを抱いた 日本海と
春に焦がれた ごんぼほりの
地吹雪と……

傷ついた翼を 畳んだ時
零れ落ちたのは
真綿に包んだ 故郷だった


福士 一男
未来に向って



未来の階段を登るのは難しいことだ
言葉は記憶に走り 生に向って
重かった年輪を偲んでいるようだ

寒さから解放された春の木々は
緑の抱擁にかこまれて
花々は多くの数をつくる
僅かばかりの時がすぎて
夏がくる
吹く風は やがて雨になり
また風に帰る
のどかな刻をつげる雨の音
それは名状しがたい
静寂を秘めて 失なわれたものへの
再生をはかるように 顔を移し
眼は
空をみつめ
陸の階段を
登っていく


福司 満
此処サ生ぎで



オラの生まれだ集落だば
オドぁ 朝草ぁ刈って
どさっと 厩サ置けば
牛ぁ 餌箱ぃ でっくり反転ねして
鼻っコ鳴らしてしゃぁ
オドまだ
朝飯ぃ三膳も食ってぇ
そンでも空腹ったテしゃ
「あぇ仕方ね」っテ
アバぁ もちゃもちゃド
隣サ飯ぁ借れんネ行ってしゃぁ
んだども家中ぁ軋轢も無ぇ
オドぁ 無言でまだ田圃サ行ったおン

昨夜も
この町の住吉町辺りで
酔っ払った若者等ぁ
喧嘩コでもしたんでらぁ
大ぎた声してらきゃぁ
石サ座たまま 寝ふかぎしてしまったおン
翌朝なっテぇ
あちこちサ煙あがって
汽笛ぁ
ボー ボーって鳴ったば
一番車がら どやどやド人々おりで来てしゃぁ
あれがら二十年経って
五十年経ってぇ

筋向げぇの婆さまも一人暮なテ
トタン屋根サ「ペンキこ塗ったらええべぎゃ」っテ
空コばり見でるども
あれだば
東京の方向ばり見でらたべぇぁ
ん、息子等ぁ帰郷るが分がらねどぉ

鷹巣の町だっテ
駅前ぇ ずうと歩ってみれ
シャッターばりおりで
その隙間がら
厳ぃ目玉で見でればええども
溜息も何も
聞けで来けでくるもんでねぇ

誰ぁこんた集落ねして
誰ぁこんた町コねしたんでら
これも時世だって喋るども
何千年もして
未来人等だぁ
伊勢堂岱遺跡みねね
夢中なテ 土こ掘返げる訳ぇでも無べぇ

んだども
オラ等ぁ 現在 此処サ生ぎでらたどぉ
どひば どひばっテ 溜息ばり出でくっとも
あの森吉山見でみれ
何も変わらねで、ホレッ。


藤原 祐子
2013西馬音内盆踊り
  
――時空を越えて――


往来でないと困る――天気予報を気にかける日々が続いたが 雨の心配無用の三日間で有難かった 年季の入った盆踊り女には 降れば降ったで踊る気持ちに変わりはないけれど今年は 降り過ぎて会場が体育館になることだけは避けたかった 八月七日ご逝去された恩あるお方へ供養の踊りを精一杯踊るために

往来でないとだめなのである 体育館では死者の霊が迷ってしまいそう 天を焦がし赤あかと燃え盛る篝火 月明かりの夜空に冴えわたる笛の音 時折身を包む煙の匂い 古の炎の揺らぎ 死者たちの霊が舞い降り ゆらり 迷わず踊りの輪に入る 地面をさする草履の音 死者の霊と共に踊り
往来は時空を越えた踊りの場と化す

詩人町長 畠山義郎先生 みちのくの守護神 とてつもなく偉大なお方であった
あれこれ思い湧き立ち 先生!ありがとうございました!心で叫びながら天に指泳がせ地をさすりくるりと宙を切る

やがて囃子が緩急を繰り返し 波打つ時空 地口の雲居はるかに雁の声≠ェ唄われて間もなく 盆踊りは終りとなる ピ―――ッと笛の 切り裂くような一際強い音 時空を越えた踊り場から日常に戻る合図 踊り子と死者の霊がそれぞれの帰路に着く 跳ね太鼓の音に押され 踊りの輪から寺町通りへ 時計屋を過ぎると宝泉寺 闇に 汗ぐっしょりの編み笠の紐を解く 心地よさとやるせなさが立ちのぼる 山門の奥の暗がりに父母を 遠い遠い祖先を想い 通り過ぎる ゆるいカーブの向こう トンネルの出口のように自動販売機の灯り 歩みを止め 悠久の空を仰いだ
先生 見えますか!


船木 倶子
飢 饉



一本松の石塔には天保一四年
二本松には天明二年
それから三本松

その年號には冷気がつづき
稲の花期に暴風が
はやすぎた雪

松と塚には目で
返礼をする
風景にはわたしだけ
けさもまた小学校に行くのだがおまえたち
ついてきてはいけないよ
つかまらぬよう
早足で


ぼうずみ 愛
梵字宇幻歌



昔語りを描き あぶり出す
梵字宇幻歌
蝦夷女はしつように追って
手形山の小屋にたどりつく

土間の流しに煮こぼれる染料のヘマチン
 と 木肌と蘇芳の壺
五尺五寸の布がピンと張られた

すえた匂い 胎児のごとく背をかがめ
息をころし蝋線をひくかたい手首
白く染めぬいた伝説の山
そこに浮き立つ坐像と立像

女はムンクの幻覚に墜ち
遠いえみしの叫びに目覚め
怨念の筆は加速を背負い
密教の山に切りかかって
風にはねる火の粉

双つの頭上にしたたり顔面が流れた
布でふいても染みるヘマチンの赤い血
蝋で伏せても滲む蘇芳の紫痕
沈む色を待つ夜の大気
あけぼのが浮きあがって
ああ 梵字宇幻歌

くずれた土蔵に放置されていた
二曲一双の屏風
かつては柩を被って逆さに立ち
絵師を想う女のゆめまくら
翔ぶこともなく消えた絵師よ

盲いた血族たち
追従するばかりの村
いつしか女の風聞もたえていた

傾けたグラスに梵字宇幻歌をしずめ
村の回生を追う


保坂 英世
茜屋珈琲店



硝子を十の字に仕切ったドアから
何とはなしに 歩く人を見ている
時はゆっくりと過ぎているのに
この昼下がり
急ぎ足で通る 人 人
その姿が少し歪んで見えるのはなぜだろう

めずらしく何にもない日
そういえば
この店も久しぶり
かぐわしいコーヒーの香り

時代は饒舌な足音を残し 消えてゆく
時代は寡黙のまま どこへ走り去ったか
青い空に雲ひとつ
斜めによぎる鳥
漂流する難破船
時代はどこへ走り去ったか

人には
ときに暗さが必要だ
それは何億年も前から細胞に組み込まれたもの
見たまえ
マスターの黒い服は
落ち着いた色調の店内に溶け込んでいるだろう
暗闇のなかから目を光らせて時代を読み解く

ここは
時がゆっくりと過ぎていく
コーヒーの香りは心を旅路へと誘う

ふりかえると
ほっそりとした
うつむいたままの青年が座っている


前田 勉
時には



深夜
思い描いていたことや
そこから派生し展開されてくるもの
それらが時間を重ね
細かい気泡の舞う暗闇を越えて飛び交うと
海鳴りのような
息継ぎのないエンドレスな音を伴って
コトバ喪失状態のまま置き去りにされた
いつかの私そのものも
飛ぶ

思い返すことはしない と言っていたのは誰であったろうか 誰なんだろう 亡くなった母はよくそうつぶやいていた
そうありたかったのかもしれない すでにそこから思い返すことは始まっていたのに 飽和した想いはその位置で止まり抜け出せないままクルクルと回った
  
ありがとう と口癖のように言い始めてから数年後 父はあっさりと逝った 戦争の話を一度も語ることなく そこから避けるように生きていた

そして
波間のように心もとない襞うごめき
回転体の渦に呑み込まれてゆくものたち
消えてゆく

眼も耳も閉じ頭の中である言葉を繰り返し 今 から逃げてきた私はどこかに埋め込まれた因子に気付く いつ私の中に仕組まれていたのか どこに埋め込まれているのか 時には少年のように静かすぎて自分の位置が分からない とでも叫んでみようか

壁に掛けた木偶が少し揺れる


牧野 孝子
狂れる庭



         骨
以来
失くした言葉が
失せものに紛れ

燐 燐と
燐 燐と

燃えつづける

         瞬
庭先で
ひとを 喰らう
ひとに なろうか

狂い咲きの
屍 抱きしめ

そっと さしだす
数滴の涙から

いま
おまえは生まれる

         柵
懐かしさを逃れる
鎧戸を這い

ときおり
名を秘す花の
首に からみつく

なんと つややかな
蔓のことか

         十三夜
死にたい


も でようぞ

         空中ぶらんこ
瞳のなかの
青いきざはしを降りる

非の扉が 開かれ
いっせいに 羽化する
変幻自在

はじまるまえに
すでに おわりを視ている

はじまりの

狂れる ばかりの
正氣の果て その

一点の
青の深み

         萌芽
浮遊する記憶のしずく 宿す
瞬時の闇

むしろ明るく 山野を語り

取りのこされた 痛みの
稜線から 立ちのぼる

朝餉のぬくもりが
指針のない歳月の この庭で

やわらかな 生きものたちの
息吹きとなって 芽吹く
その朝に


丸山 乃里子
ブランコ



早朝の公園で
ブランコにそっと座った
鎖が冷たかった

早朝の公園で
何となく揺れていた
(漁師が舟を揺らして去って行った
    今朝の夢のつづきのように)

揺れていると
松並木の向こうの家の二階の窓が開いて
まぶしげな顔が外気を吸った

首を伸ばして
庭で花に水やりしている家族に声をかけている

あの人に
(生きているって感じる時はどんな時?)と
聞いてみたい

立ち上がって鉄鎖を押すと
ねじれながら戻ってくるブランコ

朝露に濡れた草を踏めば
靴先に波の泡のような光が浮かぶ

この町のずっと先は 海だ


見上 司
キセキ
―はくちょう座ケプラー22bに―


奇蹟はある。
地球外にもきっと、もう一人のぼくがいる。
そんな気がするんだ。

それは、たった一つの細胞のぼく。
奇妙きてれつな虫類のぼく。
光る銀のウロコみたいなぼく。
宙を舞う紫の鱗粉みたいなぼく。
ぷくぷく何か言ってるあわつぶみたいなぼく。
黄色い花粉や葉脈みたいなぼく。
白くかわいた地衣類、
あるいは茶色いまるで鉱石みたいなぼく。
もはやてんでなってない、
ぐにゃぐにゃのぼく、
てらてらのぼく、
ぬるぬるの、がさがさの、
ヌッペッポーのヌラリヒョンのぼく。
そしてそれは、まったくものを思わない、
けれども途方もなく、巨大な意志をもったぼくで、
まだ見ぬ、だれも知り得ない、
億万年先の未来を夢みながら眠ってるぼくかもしれない。

そう、そんなぼくは絶対ではなく、同時に絶対でもあり、
命があるわけじゃないんだけれど、たぶん生きている。
たとえば文字ではない文字、
言葉じゃない言葉があるように。
風や雨、光と空間、
声のごとき波動、振動と音波、
びさいな電流、はてしない遍在、
つまり無明も死もなく、すべては永遠のひとつらなり……

と、そんなことをおもいながら、
雨あがりのグランドで、小石を拾っているぼく。
水たまりに映る青空、きらきらするな。ああ。
はくちょう座は今、あの雲の切れ間の あのあたりかな。



  *二〇一一年、NASAの系外惑星探査衛星「ケプラー」は、地球から六〇〇光年の彼方にある、はくちょう座の恒星の一つが地球型の惑星をもっていることを、初めて確認した。「ケプラー22b」と名付けられた惑星には、海が存在し、生命体がなんらかの形で生存している可能性がある。


宮腰 道子
梨の花



梨の花が咲く頃
白い小花の一途さが
古里の風景をいざない
過ぎし日の輪郭をなぞる
心模様

暗流から逃がれて
ふたたび 降り立った
巣立ちの場所
花園町二十三番地
借家の裏側が
大きな梨園だった

梨の花がいっせいに
咲きほころぶと
ひたひた と満ちては噴きあがる
花の波
純白の気品が匂いたつ
清冽な美の宴

営みの不安も
苦悩も
淋しさも
掃き清められ
内奥に慈雨がしたたる

夕景が迫って
無数の花びらが
ほんのり べにをさす

自然が奏でる
収穫を育む唄が
おくれ毛を
涼やかに揺らして


終いの途にも
白い風が
古里の風景を
ひそかに運んでくれる気がする


矢代 レイ
あれ きれいだごど



事故から十一年半
いまだにあの時の恐怖が
わたしを襲う
そんなわたしを救ったのは


詩は
痛みや悔しさ せつなさを
うす紙をはがすように 薄らげ
わたしを向光性の
新しい自分に変えた

精神の弾力を
次第に取り戻したわたしは
詩の産声を聴くごとに
よろこび 強められ
活路を奮い立たせた

文字が心はずむ日
詩魂を宿して拡がる枝に
多くの言の葉が茂った

――詩篇を編もう
  母の元気なうちに

生まれたばかりの詩集には
紡いだことばが
ひしめいている

言の葉のかおる花束を
母に贈る

〈あれ きれいだごど〉

母のぬくもりのある声
詩集をめくる音が
野のトンボのように
軽やかに


山形 一至
海と少女



私に 中学二年の時の思い出がある
海や川の水難事故のニュースが 後を断たない
思春期の少女のいのちが 揺らいで
記憶を洗ってくれる
今も新鮮なかたちで

昭和二十五年 戦後の貧しかったころ
夏休みはよく海にでかけた
富山県雨晴海岸
今は高岡市になっていて
日本の渚 百選の一つに入っている
ここから眺める 3千メートル級の
立山連峰は まだ雪を抱き
少年に 自然の神秘を教えてくれた

同級生のT子が この雨晴で溺れたのは
海の穏やかな日であった
深みでもがいているT子を
監視員が見つけ助けたのだった

女の子が溺れた との声が飛んできて
テントの回りに人だかりができていた
最初 T子だと気がつかなかった
小麦色の肌で 脚もすんなり伸びていた
少し膨らんだ胸から
乳首がちらりと見えて 少女の初々しさがあった
それも ほんの少しの時間で
あとは隠れてしまった

仮死状態だった少女が
救助員が懸命に 両手で胸の辺りを圧迫したり
呼気を口に吹き込んだりしているうちに
指が少し動きだし 息を吹き返したのだった
取り囲んでいたみんなが拍手した

いま 思い出しても このドラマのような場面が
この老年の脳裏に強く残っている

少女とは一言も言葉を交わさなかった
海での出来事は だれにも口にしなかった
少女をひそかに隠しておきたかったのだ

T子の胸は 一年もすると膨らみが大きくなった
一度 街を歩いていて出合ったことがある
「やあ」と声をかけたら にっこり笑い返してきた
白い歯が光った

これが一度だけの意思伝達といえた
淡いクリーム色の ノースリーブも覚えている

少女は 生まれ変わったように
授業では積極的に発表した
席が近かったので 唇の形が清く
その動きにひかれた
少年の心を 揺さぶるものがあった

あれから六十年余過ぎたいま
彼女は元気に暮らしているらしい
毎年 賀状を交換しているK子が
うれしくさせることを 書いてきた
 「T子が 秋田の竿灯を一度見たいね と
 あなたのこと覚えているそうよ」
とあった


山本 かつたか
離岸流


―さよなら 巌さん―
友よ 感謝の言葉を
言わなかった後悔が今もうずく

俺のところへ泊まれ
就職列車の片隅から出てきた
2年遅れの受験生を
向かえてくれた四畳半の借間

早稲田の校歌 学生食堂
ホームラン軒の中華そば
六分の侠気・四分の熱
三橋美智也 鶴見祐輔
自炊の手ほどき 喫茶店
貧乏神と学生質屋…
知識の雑食動物さながらに
青春を教えてくれた友

卒業後の最初の便り
〈質草のオーバーを請け出して送ってくれ〉
品名「自力暖房機」と洒落で書き
小包で送った学生最後の思い出

転職しては蓄えた社長業のノウハウ
かくて男鹿市屈指の百貨店を
変転の日本経済の波浪の中で
支え続けた幾星霜

受話器を流れる遠い声
友を連れ去る病魔の離岸流
その透明な足音が
明日の目次を踏みしだく

 今朝 わが家の明かりが点かなくなった
 切れた電球に そっとつぶやく
 〈永い間ありがとう〉と。
                     (秋田魁新報8・19「友よ」加筆)


悠木 一政
父の盛岡



駅を出ると 新聞社のサイドカーが待っていた
赤ん坊だった妹を抱いて 母が乗った
小学生の僕 幼稚園生の弟 まだ三十代の父
三人は駅を背に 歩き始めた

黄土色の水をたたえた 北上川
魚いるかな、と弟がつぶやく
そこにかかる橋は 開運橋
いい名前だ、と父が言った

まっすぐ歩いて突き当たると 盛岡城
これからの暮らしが始まるアパートがあった
ぶら下がっていた看板を見て
ジョウザンソウ(城山荘)いい名前だ、と父が
 言った
サイエン(菜園)という住所だ、これもいい、
とまた父が言った
すぐ近くに新聞社の支局があった

朝鮮で戦争が始まっていた

城跡の石垣に添って 坂を上る
転校先への近道
道端に桔梗が咲いていた
いい花だ、いい色だ、と父が言った
振り返ると
青紫の岩手山がはるかに見えた

城跡を抜けて 坂を下る
澄んだ水が流れる 中津川
魚がいるぞ、と僕の心は躍った
対岸にあった 杜陵小学校
ああいい名前だ、と父が言った

秋田から県外へ出ての初めての暮らし
父は 自らの不安を消し去って
こんなにもいい土地での希望の門出
自分にそう言い聞かせていたのだろうか
幼い子らを励ましていたのだろうか

二年半後――
僕が好きになった盛岡を離れる夕暮れ
プラットホームを駆けながら
必死で手を振り続けていた同級生たち

石割桜が芽吹き
これから盛岡の春を演出しようとする四月初め
硬い椅子に腰掛けて
父は 黙って新聞社の資料に目を通していた
列車は 上野駅へとひた走っていた

朝鮮の戦争は 終わっていた


横山 仁
音 楽



帯した箏はない?
たすき姿の琵琶は?
ノヴェンバーのある日
自動筆記されたことばが現前する

手をのばしても
故郷から
他人の空のまま あるいてきた
彼岸のあなたには とどかない

酔っぱらった風景のなかに
悲鳴は 静かな雨
のようにおちてくる

ふるえる痛み しねえ痺れ
オーケストラよ そこは全休符だ
田圃の白鳥が 飛びたつまで
  *十月十四日になくなった飯島耕一氏の表現を借りる。


戯詩倭人伝


Y社長と揶揄のメール
をとばしてくるMは
ある日突然逮捕されるかもしれない

理由はもちろん 秘密なのだ
バカボンのパパはいうのだ
わしが秘密といったら それは秘密なのだ

Shinzo is undercontroled.
東京五輪招致と引き替えのファシズム
倭人の貯蓄は米国債購入で戦争に加担

ひ・み・つ・のコッカちゃんに
小林多喜二にされる
まえに立ち去る憂国のブロガーたち

  *今村光臣氏のことば


吉沢 悦郎
A駅らしい駅構内で

――――夢譚? 


不意に薄明の空間に出た 雪の上を歩いている 
固くて平らで 泥濘(ぬか)らないが深そうだ
きつい オレはいったいどこを歩いているんだ 
右にずっとつづくのは駅のホームじゃないか 左
 もだ まずい ここは車線だ ホームに上がら
 なくては あせる 気ばかりあせる 胸苦しい
ずわーん どーん 衝撃波みたいなのがきて 左
 眼前に機関車が在る 開き閉じする玩具のよう
 な雪掻き鋼板を右下につけている うしろには
 長い車列がぼんやり見え隠れしている だが 
構内のなんという静寂 誰もいない 音がない 
そして 幻聴か 「おそい よ もう 遅いよ」

車上から眼鏡の男が顔を覗かせた オレは 問う
ココデ乗ッテモイイカ 四番ホームへデッキを抜
 け 出るつもりだった 応えは いい
だが 乗ってすぐ尋ねた スワッテイイカ 疲れ
 ていたからか気が変わったのか 応えは いい
中はがらんとして 機関車でなんかない 眼鏡の
 男は褪せた萌黄のジャンパーを着 ずっと前方
 にすわり いじっているのは路面電車の運転機
 に似ている 変だ じつにおかしい
そして そろそろ発つぞ と言っているみたいだ

駅に来ていた 構内車線を歩行中だった オレは
 いったい 何処へ 行くつもりだったんだろう
帰りか いや 「闇だ 吹雪だ 菊花の紋所だ 
 降り立つホームなどあるものか」 もう五十年
 近い昔だが オレのことだ 帰りのわけがない
なら 往く先か まさかこの国のことだ そんな
 上等な未来があるものか またぞろ車両を出る
 気になり 重い扉を少し開ける
粉雪が冷気と吹きこむ また迷う 嗚呼 いつも
 こうだ だが、また、だが、また、耳朶に貼く
 句も同じだ 「おそい よ もう遅いよ」


吉田 慶子
落ちる



ボロボロ ボロッ と
身に付いていたものが 落ちる
古びた時間が 嗤いながら 落ちる
七〇年が ひとつずつ ボロッ と

日なたの ままごと アカマンマ

ボロボロ ボロッ と
大きめの水滴が よろけながら 落ちる
思い出したくもないことが
ひとつずつ 剥れるように 落ちる

夕やけ 小やけ ネコジャラシ
しがらみも こだわりも 記憶まで落ちて
それでも 今なお
燃やし続けたいものがある
落ちそびれたいのちの残り火は 浅みどり

はるよ 来い来い フキノトウ

この先に
もっといいことがあるかも知れない
生きてみようかな もう少し
生きて居ようかな もうしばらく
落ちたものは 落ちたものとして

さよなら さんかく クサモミジ


若木 由紀夫
浮 標



 緋色の太陽は燃え上がり 天空を割いて落ちていった
  標本箱には鱗粉が飛び散り 死がくったり横たわっている
   街は白い吐息でくもり 人々は思い出したように立ち止まる
    空を見上げ 不意の雷鳴でも待っているのだろうか

 詩集には 使い古された詩情が行儀よく収まっている
  未成の叛意 取りもどせぬ悔恨 書かれざる一章はどこにある?
   ことばは 深海を這う古代魚のように漂流し
    ついに浮上できない まぼろしの浮標にすぎないのか

 おまえは ところ選ばぬ幼子の泣き声に耳をふさぐだろうか
  それとも 母の乳房をむさぼる眸に魅入るだろうか
   臆病者の強がりや裏返った鼻声は やり過ごすがいい

 おまえは ひび割れた水瓶に冷たい水を満たそうとするだろう
  灼熱の夏は 燃えたぎる坩堝にそそぐ火をねだり
   乾いた大地は 今も盛んに水をほしがっているのだから


渡部 栄子
野の花のように



秋の日差しを享けて
ハイビスカスや
木槿 薔薇など
大輪の花花が
これ見よがしに天を向き
わが世の季節を謳歌している
華々しく鮮やかに
人の目を惹きつけて離さない
肥料をやり水もやり花柄を摘み
手入れを怠らないから

ふと足元を見ると
藍色くきやかな小さな
露草が咲いている
恥じらうように下を向き
数本の水引草も
朱の色をこぼしている
目を凝らさないと見逃すほどの
線の細さよ
赤まんまもねこじゃらしも
誰にみられることを恃むでもなく
雑草に混じり
同化するようでいて
しかし凛と主張している野の花
風が吹けば風になびき
雨が降れば雨にたたかれ
踏みしだかれても起きあがる
手弱女のようだ

己が力だけで
何ものにもすがらず頼らず寄りかからず
それゆえ何ものをも畏れず縛られず
いつも自由

野の花
わたくしもそんな
野の花のように生きたい


渡邊 幸夫
忘却の源流



サラサラ降りつづく
パウダースノー
身の丈を越す積雪も
幾年かの刻を経て
伏流水に変わり
山麓で美しい泉となる

初々しく誕生れた嬰児も
笑顔で感情を伝え
涙で状況を訴え
やがて這うことを覚えて
立ち上がり歩むことを学ぶ

泉から流れ出た清流も
沢を伝い川となり
流れの途すがら
木の葉や岸辺の枯草などを拾い
幾つかの支流と合流
河となって海へと注ぐ

人生は 川のながれのように…
 と詠われる所以なのかも

川が様々な物を呑み込んで
河に変化してゆくように
人もまた 好奇心に苛まれ
知識や悪知恵に翻弄されながら
生きる術を身につけ
心身とも逞しく成長し
果てしない欲望の虜となって
大河の始まりが
一滴だったことを忘れ
奢ることを覚える

哀しいことに
源流を忘れた繁栄は
いつか必ず崩壊の憂き目に…
歴史が語る真実をも忘れる

inserted by FC2 system